きみとぼく 第7話


ロイド博士は変わり者だ。
人の感情に興味はなく、理解できないと公言し、KMFの研究さえ出来ればそれで幸せだと言っている割に、その言動は喜怒哀楽に富んでいる。これだけ感情豊かな人がどうして人を理解できないのか不思議だ。
99代皇帝が唯一傍に置いた科学者だったという事は、その分野の頂点にまで上り詰めたが、あっさりと地位も全て失ったというのに、特に気にしていないように見えた。
過去に婚約者がいたロイドだが、一説には婚約解消した理由は、悪逆皇帝に仕えるには邪魔だから切り捨てたとか。腹黒の科学者として名が知れ渡っても、本人はそんな他人に目など一切気にせず日々楽しそうにしていた。
今も監視の目があるとはいえ、参謀のシュナイゼルの信頼も厚く、何故か黒の騎士団のラクシャータからも性格に難はあるが腕はいいし技術面は信頼できると太鼓判を押され、黒の騎士団のKMFにからんだ仕事もしている。さらに不思議なことに蜃気楼のメンテナンスをロイドが行っている。元悪逆皇帝の忠臣かもしれない人物が軍の中核にいれば、普通は何か仕掛けると警戒するはずなのに、妙な信頼関係があり科学者たちの考え方はわからないという結論しか出て来ない。

そんなロイドがセシルと共にサヨコの案内でテーブルまでやってきて、そこで動きを止めた。へらっと笑った顔のまま固まる姿は、今まで見た事の無い物だった。一緒に来たセシルは目を見開き、驚き両手で口元を覆っていた。
二人とも完全に動揺している。
…まあ当然か。
おそらくこの3人のには相当な費用がかかっているはずだ。
この形では使い勝手は悪いが、人の手では困難な場所に入りこみ、情報収集・・・たとえば大規模災害では瓦礫の間をくぐり抜け被災者がいないか調べたり、有害物質が漂う場所の調査にも使えるだろう。もちろん軍事利用も可能だ。

「ロイド、セシル」

ショックで固まってしまった二人に声をかけると、二人は驚い顔のままこちらを見た。もしかしたらこちらで思っている以上に重大な欠陥が出ているのかもしれない。熱湯に入れる事は想定していなかった、あるいは防水加工がされていなかったのかもしれないが、所詮は機械。今回の事を生かし、次はもっといい物を作ればいい。

「あ~え~と、--------、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」

こちらとテーブルの上の三人を交互に見ながらセシルが言った。

「すまない。まさか卵の中にこのような仕掛けがされているとは思わず、高温で熱してしまった。正確には熱湯の中に入れてしまった。そのため皇帝と眼帯が故障してしまったようだ」
「……皇帝と、眼帯ですか」

セシルがこちらの説明に声を無くし驚いている間に、ロイドはテーブルに近づき、3人の状態を観察していた。その表情は真剣な物で、普段見る事の出来ないものだった。やはり相当状態が悪いのだろう。

「ところで--------、今、卵とか言いませんでした?」

ロイドの言葉に「ああ、冷蔵庫の卵を割ったら出てきたんだ」と説明すると、ロイドは早足で冷蔵庫に向かった。そして残っていた卵をボウルに次々と割っていく。出てくるのはどれも黄身と白身のごくふつうの鶏卵だった。何をしているのだろう?と思ったが、もしかしたらこの3体以外にも製作していて、それが混じっていないか確かめているのだと結論付けた。さよこが普通の卵だと勘違いして持ち出したのはどうやらっこの3体で済んだようだ。

「セシル君、どんな感じかな?」

ロイドの視線の先を見ると、今度はセシルがテーブルの上の三人をじっくりと観察していた。チビゼロの手を借り、皇帝の状態を確認している。あれだけの小ささだから、専用機械なしに無理にいじると壊れてしまうのかもしれない。

「はい、------の状態がよくありません。こちらの眼帯の方は幼児退行しているようですね」
「幼児退行?う~ん、でもこれが全員--------だとすると、僕この--------の事知らないんだけど、ねえ----------、きみは知ってる?」
「・・・何の話だ?」
「知らないって事ですか?」
「いや、質問の意味が解らなかったのだが」

意味が解らないって・・・とあからさまに不審そうな顔を向けてくるが、科学者の専門用語でも混ぜていたのだろう。それを理解して話を合わせと言われても困る。ロイドもそれに気付いたのか、「ああ、そうか、えーと」と言葉を探していた。

「ロイド、ゼロには私から質問をしよう」
「え?ええ、ええ、どうぞ!お願いします!」

チビゼロが短い腕を横に突き出し、マントを靡かせ言うと、ロイドが驚いたような顔をし反射的に同意を示したように言った。ゼロに対して敬意を払うのはいいが、本当のゼロである自分へ向ける態度と違うのではないだろうか。
そんな事を考えている間にチビゼロがこちらを向いて行った。

「ゼロよ、ここにいる眼帯の事を覚えているか?」
「覚えているか?ああ、眼帯がどんな状態でそうなったかということか」
「いや、このような眼帯をした男に覚えはないか?」
「眼帯をした男に?」

もしかしたらモデルがいるのだろうか?それも自分が知る誰か。
たしかにその眼帯に見覚えがある気はしている。何せ装飾過多な眼帯だ。それだけで印象に残るだろう。だが、そんなものを一体どこで見ただろうか。
思い出そうとしても何一つ思い浮かぶものはない。という事は知らないのだ。

「覚えはない。片目の男というならシャルル皇帝の騎士に一人いたが」
「そうか。ついでに聞こう。この皇帝を知っているか?」
「知らないが?」
「だろうな」
質問はそれで終わった。

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